ハロワ速報

仕事、職業、就職関係の2chまとめ 移転しました。

    2015年07月

    1: 海江田三郎 ★ 2015/07/21(火) 09:58:45.25 ID:???.net

    http://www.sponichi.co.jp/society/news/2015/07/20/kiji/K20150720010771050.html


     テレビがデジタル化され、各家庭でもスイッチ一つで字幕放送が見られる。聴覚障がい者のためだけでなく、
    騒音環境での視聴、ワンセグなど、用途が広がっている。生放送のニュース番組にほんの数秒の遅れで表示されていく字幕の裏には
    目にも止まらぬ速さで入力していく“字幕速記人”がいた。

     平日の午前11時30分。東京都港区のスタジオでフジテレビのニュース番組「スピーク」が始まる。
    同時に、新宿区内にある生放送字幕入力会社「スピードワープロ字幕放送センター」でも、緊張に満ちた時間が始まる。
     ニュース番組が映し出されたテレビと入力字幕が映し出されるモニターが置かれた部屋では
    「ステノキャプショナー(字幕速記人)」という専門家たちが、アナウンサーの言葉を聞き取りながらキーボードを叩く。
    1~2秒後には、入力した文字が画面の下に流れた。
     ひと番組の字幕は、入力者や校正者が複数人のチームで入力する。
    その中の一人、川崎衣里子(40)は、1分間に350文字以上、1秒間に5、6文字を叩く。
    キーボードは同社が開発した特製品。普通のパソコンとは違い、文字部分の入力キーは10個。
    川崎の10指は絶え間なく動き、ピアノを演奏しているようだった。
    “字幕速記人”の魅力について「入力が無事に終わった時の達成感ですかね」と話す。

     大学卒業後、入社したメーカーの事務職を「つまらない」と感じていた。何か資格でも取ろうか、
    そう思ってめくった情報誌「ケイコとマナブ」で字幕入力を知り、仕事をしながら学校に通った。
     特別、入力が得意だったわけではない。「せっかちな性格が良かったのか
    ただただ、速く打てるようになるのが楽しくて」とのめり込み、通勤電車の中でもテキストを見ながら膝の上で指を動かした。
    3年間通学し、1分間で300文字以上打てる技術を習得。27歳で転職した。
     この仕事に意義を感じたのは、知人を介して聴覚障がい者に会った時だ。「いつもありがとう」とお礼を言われた。
    「社会に少しは役立っているのかなと思った」と話した。

     努力で身に付けた技術を誇りに思っているが、日常生活の思わぬところで困ることもある。カラオケに行っても、
    画面の歌詞を見て指が動きだす。車でラジオを聴いている夫に「指が動いちゃうから消して」と言ってしまうことなどだ。
    テレビ番組は365日、1日24時間、ほぼ休みなく放送される。5歳と1歳の息子がいるため夜間は免除してもらっているが、
    早朝や休日出勤もある。夫の協力はあるが「朝4時に起きて仕事に行く支度をしていると、
    子供が起きて“ママがいないと寂しい”と泣かれることもある。最初は自分も出勤しながら泣きました」と振り返った。
    育休を2回取ったが、仕事を辞めようとは思わなかった。「休んでいたら“打ちたいな”と思ってしまって」と笑った。

     男女比が2対8と言われている、女性が主戦力の業界。川崎は後輩たちに対して「やめた方がいいのかなと思っても、
    何とか続けてほしい。続けることが技術を上げ、働くこと(の大切さ)がきっといつか子供にも伝わるから」と思っている。
     最近、長男が「僕も大きくなったらテレビの文字を打つ仕事をする」と言いだした。「ちょっとジーンとしちゃいました」とママの顔
    自分の技術に誇りを持ちながら、仕事と家庭の両立に悩み、?藤しながら働く女性たち。超高速で流れていく生放送の字幕には、
    そんな働く女性の気概も詰まっていた。=敬称略=

     ≪女性が主戦場 知識&技術求められる高給職≫ 「スピードワープロ字幕放送センター」は、
    速記者だった柴田邦博社長が2001年に立ち上げた。現在、フジテレビの「みんなのニュース」やNHK、
    その他民放各局の生放送字幕を手掛ける。スポーツ番組、バラエティー番組も担当する。
    同社の字幕速記人は、100人弱で99%が女性。「キーボードを打つという細かい作業や、集中力が女性に向いているのでは」と柴田氏。
    入力の正確性のほかに、日本語についての幅広い知識や判断力、時事問題への理解が必要とされる。
    技能が必要とされる仕事だけに「給料は明かせませんが、高給です」(柴田氏)という。

    スピードワープロ
    https://stenokb.files.wordpress.com/2012/03/stenoword.jpg?w=584



    【特製機械で1秒6文字…生放送のニュース番組で表示される字幕を入力する「字幕速記人」】の続きを読む

    1: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2015/07/23(木) 09:05:12.806 ID:La+oqug70.net

    飯食うも時間も寝るも時間もバラバラ



    【ニートなんだが一日という概念がなくなった】の続きを読む

    1: 海江田三郎 ★ 2015/07/22(水) 09:49:57.14 ID:???.net

    http://www.gruri.jp/article/2015/07220800/
    「土が要らない植物栽培」で注目を集めた、野菜ベンチャーの倒産情報が金融の街・兜町を駆け巡ったのは、
    6月29日のことだった。次世代の農業の方向性を示唆するニュービジネスというのをウリにしたが、
    創業者が実践していたのは、「幸福の科学」の大川隆法総裁(59)による“予言”であった。

     ***
     倒産したのは、東京都の「株式会社みらい」で、10億9200万円の負債を抱え、東京地裁に民事再生法の適用申請を行った。
    同社は2004年に嶋村茂治会長(44)が創業し、以来、工場で野菜を作るというユニークな取り組みを続けてきた。経済部記者の解説。
    「本来、野菜は畑から養分を吸収して育ちます。ところが野菜工場はこの常識を覆し、
    土の代わりに養分を含ませた水を与え、太陽光の代わりにLEDライト等を照射する独自の装置で栽培に成功したのです。
    今のところ、作物はレタスや春菊、水菜などの葉物だけですが、将来はトマトやきゅうりなども手がける予定でした」

     工場内は無菌に近いので農薬は不要な上、天候の影響も受けない。“土壌”も疲弊しないので
    安定的かつ効率的に野菜を生産できる。そのため1年間に、同じ面積の畑の約20倍もの収穫が見込めるというのである。

    「みらいの15年3月期の売上はおよそ10億円で、昨年、千葉県と宮城県に新工場を設置しました。
    ところが、その後は野菜販売が伸びず資金繰りが悪化し、6月末の決済資金が確保できず倒産に追い込まれたわけです」

     急激な事業拡大が倒産を招く例は珍しくない。とはいえ、嶋村会長が進めてきたのは、
    27年前に大川総裁が出版した予言書『新ビジネス革命』に書かれていた言葉の実践だったのである。

    ■信者の証
     宗教ジャーナリストの藤倉善郎氏が指摘する。
    「嶋村会長は、過去に何度も幸福の科学で講演をしたり、機関誌や教団の関連サイトにも登場しています。
    大川総裁の経営論を実践していることや、高校時代に『新ビジネス革命』を読んで、野菜工場という構想に目覚めたと語っています」

     確かに、同書にはこんな記述がある。
    〈おそらく、植物の生産ということが工場内において大量に行なわれるであろうと思われます。
    (中略)人工照明ということがなされて、その中で適度な温度、湿度、水、肥料、こうしたものが与えられて、
    科学的にビルディングの中で、農業が行われるようになってくる〉

     が、先の記者は指摘する。
    「工場での水耕栽培は、80年頃には農業関係者の間で話題になっており、
    85年のつくば科学万博には水耕栽培で育てたというトマトが展示されました。88年の時点では真新しい構想ではなかったはずですが……」
     当の嶋村氏は信者の証とされる、『正心宝(しょうしんほう)』というペンダントを身につけて
    講演に臨む姿が確認されている。そこで今回の倒産や教団との関係について尋ねると、

    「何もないです」
     と、にべもない。一方、幸福の科学は、
    「1988年に予言された『農作物工場の出現』は的中し、現在、この分野に数多くの大手企業が参入しております」(広報局)
     嶋村会長の失敗には触れず、あくまで予言は的中と言い張るのだった。


    関連
    【企業】野菜工場で有名な「みらい」が民事再生法申請 販売不振で資金ショート [転載禁止](c)2ch.net
    http://anago.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1435575469/



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    1: 海江田三郎 ★ 2015/07/22(水) 19:17:45.89 ID:???.net

    https://news.careerconnection.jp/?p=14365

    7月22日放送の朝の報道番組「おはよう日本」(NHK総合)で紹介された「IT技術者不足」特集が、ネットで思わぬ反響を呼んでいる。

    番組はスマートフォンやネット通販の普及で、IT技術者の需要が高まっていることを紹介。
    この分野の有効求人倍率は2倍にまでなっているが、各企業は人材採用が追いつかず、IT企業の実に87%が「IT技術者が不足している」と感じているという。

    そんな中、注目を集めているのがベトナム人技術者だ。国内の通信産業で働くベトナム人は2012年は568人だったが、2014年は1061人と倍増しているという。

    番組では、都内のITベンチャー企業の取り組みを紹介。この会社では昨年国内大学から4人採用しようとしたが、
    1人しか採れなかった。代表の男性は「大企業を志望してその後にベンチャーという構図がある。技術者を採るのが難しくなっている」と明かす。

    そこで代わりに、日本語とITを学んできたベトナム人技術者2人を採用。待遇は日本人とほぼ同じ。
    入社1年目だが、広告のプログラミングを任されており活躍しているようだ。

    現在、この会社ではベトナム現地での採用活動も実施。代表が学生の面接をして、即日内定を出しているという。

    「日本に呼んじゃおうよ! なかなかいないよ、こんなの! めっちゃ仕事できるぞ!」
    とノリノリの様子だった。ベトナムの大学では実践的なIT教育が行われており、人材市場とし
    て世界中のIT企業が注目しているという。勤勉で協調性に富む国民性もあり、日本企業との親和性も高いとのことだ。

    薄給を追求する風潮に「そりゃ僕らの手取りは上がらないよな…」
    番組では、IT技術者の不足は日本だけではなく世界的なもの、としていたが、この特集がネットで話題になると、
    ツイッターには日本の実態を知る人たちからの冷ややかな声が殺到。一時は「IT技術者」という言葉がYahoo!リアルタイム検索のランキング1位になった。

    「IT技術者じゃなくてIT奴隷が足りないんだろ」
    「昔は韓国人技術者、ちょっと前は中国人技術者、そして今はベトナムなので、要するに『技術者が足りない』のは
    『安く働いてくれるヤツがいない』って言葉なのがスケスケなのが凄く残念。そりゃ僕らの手取りは上がらないよな…」

    大手ベンダーならともかく、下請けや孫請けでは激務薄給が珍しくないIT業界。リクナビNEXTが2012年に
    25~35歳のITエンジニアを対象に行なった調査では、平均年収は469万円と比較的高いものの、年収に不満があるという人は62%にもなった。

    実際に、業界で3年間働いていたという人からも「辞めて正解だった」と振り返る。長時間労働でも給料は一向に上がらず、
    「これで新規の人材が入って来るわけがないじゃん」と書いている。「IT技術者が足りないのは使い捨てにされてるから」という声もあった。

    日本人技術者は憮然「待遇良ければ自然と増えますって」
    IT技術者の不足を、介護士不足の問題と絡めて語る人も。求められるスキルと仕事量の割に待遇が悪いという声が聞かれる介護業界は、
    国内の志望者が減少。東南アジアからの人材を積極的に受け入れることで対応している。IT技術者不足も、構造的には同じだというのだ。

    番組では取材を担当した記者が、
    「国内でいかに人材を育成していくかということも大切。中長期的な視点に立った国の戦略も大事になる」
    と語っていたが、実際に現場で働いているIT技術者からすると、「待遇良ければ自然と増えますって」というのが実感のようだ。



    【NHKの「IT技術者不足」特集にネット違和感 「足りないのは安く使えるIT奴隷でしょ?」】の続きを読む

    1: 海江田三郎 ★ 2015/07/20(月) 17:44:16.84 ID:???.net

    http://www.news-postseven.com/archives/20150720_337034.html

     京セラ、村田製作所、任天堂などに代表される京都企業は、その土地柄からか独創性に富み、
    自由闊達な人材育成で名経営者も数多く生まれてきた。

     先日は任天堂の“天才プログラマー”、岩田聡社長(55)の突然の訃報を惜しむ声が国内外から多数寄せられたが、
    7月14、また京都企業の重鎮が一人この世を去った。計測機器メーカー、
    堀場製作所の創業者である堀場雅夫氏(最高顧問・享年90)である。

     堀場製作所は同氏が京都帝国大学理学部に在学中の1945年に設立された。当時は皆無だった学生ベンチャーの先駆けだ。

     同社は今でこそ自動車向け排ガス測定器メーカーとして世界中でその名を轟かせる存在になったが、
    創業当時はビジネス拡大のために金策に走り回る日々が続いたという。

     2011年10月に行った週刊ポストのインタビューで、堀場氏はこう振り返っている。
    「大学では原子核の研究をしていたのですが、終戦後に米軍が兵器の開発につながると思ったのか、
    大学にやってきて実験に使う機器をすべて持ち去ってしまいました。そこで好きな研究を続けるために、
    京都市左京区の小さな民家で『堀場無線研究所』(堀場製作所の前身)を立ち上げました。

     ここでは電気製品に使われる『電解コンデンサー』を自分で開発し、
    大手家電メーカーから注文も取ったのですが、いかんせん量産する工場もありませんでしたし、資金もない。

     金策に駆け回ってようやく大阪の中堅機器メーカーから出資の約束を取り付けたと思ったら、
    今度は朝鮮戦争が始まって金属価格が高騰。結局100万円の借金を背負う羽目になってしまいました」
     そんな苦境を乗り越えられたのは、堀場氏がモノづくりにかける情熱と好奇心を失わなかったからだ
    同社の社是にもなっている「おもしろおかしく」は、堀場氏の生き方そのものだった。
    「仕事も遊びも嫌々やっていたら新しい発想は生まれません。今の人たちは『会社のために頑張る』なんて言いますが、
    自分が何をしたいのかを突き詰めて、本気で楽しまなきゃ人生もったいない
    〈わがまま〉でも〈出る杭〉でも構わないと、この会社では言い続けてきました」

    「トップスピードで走れるのは40代まで」と、自身は1978年、53歳のときに早々と経営の第一線から引退。
    長男(厚氏)に社長の座を譲ったが、その後も社内のみならず社外のベンチャー企業育成も買って出るなど、
    意欲旺盛な若者たちを支援し続けた。
     ベンチャー不作時代が続く中、堀場氏の遺志を受け継いだ“突き抜けた起業家”の登場に期待したい。


    関連
    堀場雅夫さん死去、社是は「おもしろおかしく」、「イヤならやめろ!」ベストセラーに
    http://withnews.jp/article/f0150716002qq000000000000000G0010201qq000012267A



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